※以下の分析は、1983年発刊・日本性教育協会編『青少年の性行動(第2回)』の一部を再構成したものです。
1-1 調査の目的
わが国において、青少年の「性」の問題に関する大規模な調査が行われたのは、総理府による『青少年の性意識調査』(1971年)が最初であろう。大規模な調査を実施することによって、少数の事例調査のような、個々の対象の奥深い追求は不可能だとしても、全体的な趨勢の歪みの少ない把握が可能となる。総理府の調査の結果、現代の青少年の性に関する意識が、両親の世代に比して積極的・開放的であり、性を意識する年齢が早期化していることが明らかになった。
ついで1974年、財団法人日本性教育協会では、総理府の委託を受けて『青少年の性行動調査』(第1回)を実施した。この調査は、総理府の調査が、青少年自身の性行動の実態については、まったく触れていないので、青少年の性の生理的・心理的発達と性行動の発達の状況を明らかにすることを目的としていた。調査の結果、射精・月経・マスタベーション(自慰)・デート・キス・ペッティング・性交等の経験の進行の実態や男女差などを、明らかにすることができた。
これらの調査から今日まで、性の問題が顕在化した1970年代を経て、80年代を迎えた現在、マス・メディアによる性情報量は一層の増大をみせ、青少年にその影響を数限りなく与えている。それらは一方で、“人間の性”についての偏見やタブーからの解放に寄与すると同時に、他方において、性の商品化と二重規範としての“男性中心文化”と“性差別”を助長しているとも言える状況にある。
このように矛盾・背反した現象が織りなす、多様化・複雑化した現代社会に生きる青少年は、「性」という面で、70年代に比してどう変化したのだろうか。また「性」は青少年の生活の他の側面と、どのように関係しているのだろうか。
今回(第2回)の『青少年の性行動調査』の目的は、第1に、74年の第1回調査と同じ規模と質問項目で再調査を行い、性的発達と性行動の継時的変化を明らかにすることである。第2に、性的発達、性行動と、その重要な規定要因と考えられる生育・家庭環境および社会・文化的諸要因、あるいは性教育との関連を明らかにすることである。
なお本調査では、有職青年および専修学校在校生を除外した。いずれも所属組織の規模、種別が多様であるため、集団記入法による調査が事実上、不可能に近いためである。これらの人々、および高校以前の児童・生徒、例えば中学生を含めた形の、しかも統一的枠組みでの調査・研究が、今後の重要な課題であろう。
1-2 調査の方法
今回の調査は、性的な経験を説明するために重要と考えられる要因、例えば、体格、居住環境、家庭環境、住居、アルバイトなど、に関する質問と、種々の性的な経験(例えば、性的興奮、デート、キス、性交、など)およびそれに関連する質問、で構成されている。
調査項目(質問)の全体の構成は、以下のとおりである。
1-3 調査の方法
いわゆる社会調査において、一般に最も望ましい調査方法とされているのは、無作為(ランダム)抽出した回答者に対する、調査員(インタビュアー)による個別面接法である。しかし、たとえば「性」のように社会抑圧の強い問題の調査においては、このような調査方法を簡単には採用しえないのが実情である。
まず、われわれの経験では、抽出された調査対象に調査の回答者になってくれることを説得することが非常に困難である。動員可能なスタッフの人数を考え合わせて、われわれは、この役割を現場の教師に依存せざるをえなかった。次に、回答の信憑性を確保することにも、非常に困難が伴う。特に初対面の調査員に対して、回答者が正直な性行動・性意識を答えてくれるとは考え難い。
また、逆に調査員が顔見知りであれば、別の配慮が働いて、正直な回答が妨げられる可能性が高いので、むしろ自分で調査票に回答を記入する自記法の方が信頼度が高いと判断した。これらの理由から、最終的には、以下で述べるような、学校または学級を単位とする集団記入法が採用された。
具体的には、まず、地域性を考慮しながら、全国の7都市(札幌、秋田、東京、名古屋、京都、松江、熊本)を調査地域として設定した。次に、これらの7都市から、各都市の学生・生徒数、学校種別、学校規模を考慮しながら全体として75校を抽出し、最後に、各学校からいくつかの学級(場合によっては全学級)を調査対象集団として抽出した。
こうして抽出された対象集団の全員に対し、無記名による集団記入調査を行った。実施にあたっては、調査票の設問の文章・配列を工夫して、作為的な回答を防止したほか、回答者間の連絡を断ち、監督者(協会職員または教師)の記入時の関与を排除するなど、調査結果の信憑性を高めるための配慮を行ったことは、いうまでもない。
昭和56年5月1日から6月30日の期間に実施された調査の結果、最終的に21,255票の調査票が回収された。これまで述べたように、調査対象地域が限定されており、対象集団の抽出方法も理想にほど遠い。しかし、21,255名分という大量の調査結果は、現在の青少年の性行動・性意識の実態を把握する手がかりになると考えられる。
ただ、回収された調査票の回答者の学校・学年の構成比率を検討したところ、現在の全国の構成比率とは、かなり異なっていることが明らかになった、そこで、改めて、地域・学校種別・学年・性別に一定数を割り当てる形で、回収された調査票から無作為抽出を行って4,990票、すなわち4,990名(男子2,505名、女子2,485名)を選び出し、これを最終的な分析の対象とした。表1には、抽出の際の地域別・学校種別による割当数が示されている。
2−1 射精・夢精・月経 (図1)
まず、図1は、男子の射精と夢精、および女子の月経の経験率を示したものである。図から明らかなように、射精と月経は、いずれも経験率がきわめて高く、遅くとも16〜17歳頃までには、大半の者が経験していることがわかる。
男子の射精経験の契機として、夢精がマスタベーションとともに大きい割合を占めている。夢精は16歳ごろまでに約半数の者が経験しているが、その後は60〜70%と、それほど経験者が増加しないらしいことがわかる。
2−2 性的関心・興奮 (図2)
図2は、性的関心および性的興奮の経験率を示したものである。これらのうち、性的関心の経験率のパターンは、射精/月経に近く(女子の比率が多少低いけれども)遅くとも16〜17歳頃までには、大半の者が経験しているといえる。これに対して、性的興奮については、男子の場合は性的関心に類似しているけれども、女子の場合には、むしろ18歳以降に経験率が急上昇するという違いがある。
性的興奮の経験については、その動機についても訊ねているが、男女ともに、週刊誌・テレビ・映画というマス・メディアとの接触をあげ物が多い。
なお、この性的関心・興奮ばかりでなく、特に女子の経験率の変化に17〜18歳時に増加の勢いが、いったん鈍るという共通点がみられる。これは高校と大学の進学率の違いによるものと考えられる。すなわち、高校への進学率がきわめて高く、高校生が同年齢の青少年をほぼカバーしうるのに対して、大学への進学者は相対的に低いために、大学生の経験率というのは、同年齢の青少年の一部の者の経験率なのである。大学へ進学しなかった者も含めて調査が行われたならば、経験率の変化は、それまでの変化をそのまま延長したものになると予想される。
2−3 デート (図3)
図3は、デートに関する年齢別経験率であるが、すでに16〜17歳の頃までに、半数以上の者が経験していることがわかる。その際の相手は、ほとんどが生徒・学生である。
2−4 キス (図4)
図4は、性的な意味あいでキスをしたいと思った、および、キスをした経験について示したものである。
キスをしたいという感情は、男子は15歳以前に、女子は16歳頃までに、半数以上の者が経験しているけれども、ここでも男女の差の大きいことがわかる。しかし、実際の行動に関しては、男女の経験率はきわめて近似している。
この男女の経験が近似するという傾向は、程度の差はあるけれども、デート、ペッティング、性交など、男女が対(カップル)になって行なう性行動に共通して認められる。これは、それぞれの行動の相手として、まったくの同年齢ではないとしても、ごく近い年齢の者が選ばれることが多いからであろう。
ところで、キスの経験は、その時期によって、相手や動機等に違いがみられる。相手に関しては、初経験の年齢が早い者の場合には同年齢の相手が、遅い者の場合には年齢の異なる相手が、相対的に多くなっている。
2−5 ペッティング・性交 (図5)
図5は、ペッティングと性交についての年齢別経験率を示したものである。年齢に比例した増加傾向のみられる他の経験に比べると、比率は低いけれども、それでも22歳(大学3〜4年生)時には、男女のペッティングおよび男子の性交の経験率は、50%をこえている。また、男女の経験率が近似しているのは、デート、キスなどと共通した特徴である。
2−6 同性愛的志向・マスタベーション (図6)
図6は、同性の人に性的魅力を感じた経験、および、マスタベーションの経験について示したものである。同性に対して性的魅力を感じるという、いわゆる同性愛的志向の経験率は、年齢に比例した増加傾向はみられない。これは、同性愛的志向が(少なくとも自覚的には)必ずしも多くの者が経験するようになるわけではない、やや特異な経験であること、そして、それを経験する場合には、遅くとも高校生くらいまでの時期に経験していることを推測させる。
マスタベーションの経験の特徴は、男女差が著しいことである。男子の場合には、すでに15歳時に約65%の者が経験しているのに対して、女子の場合には、22歳時でも約40%にすぎない。これは、マスタベーションという行為が、男子と女子では異なった意味をもっていることを示している。
2−7 性的発達のパターン (図7)
以上、とりあげた種々の性的経験が、同一の個人の中で、どのように進行するのであろうか。この点を検討するためのデータとして、調査では、初経験の年齢をそれぞれ訊ねている。
図7は、これまでとりあげた性的経験について、矛盾なく順序づけられるものだけを選び出したものである。これは、青少年の一般的な性的発達のパターンとみることができよう。
この結果から、第1に、矛盾なく順序づけることのできない、つまり、どの段階で経験するかあきらかでない経験の数は少なく、男女ともに、一定の性的発達のパターンが存在している、ということができる。
第2に、男女間でパターンはかなり異なっている。特に、性的興奮・異性の体に触りたいと思う・マスタベーションなどの経験は、男子は女子に比べて、かなり早い段階で経験する傾向がある。
第3に、同性に性的魅力を感じる・同性と性的な身体接触をするという経験は、男女とも性的発達のパターンから除かれているが、これは、同性愛的志向に関する年齢別経験率の検討結果とも合致している。