※以下の分析は、1988年発表のものです。
1-1 調査の目的
財団法人日本性教育協会では、これまで、1974年、1981年の2回にわたって、「青少年の性行動調査」を実施してきた。今回の調査は第3回目にあたる。この調査は、以下の3つを主要な目的にしている。
(1)生理的、心理的、行動的な側面にわたって、わが国青少年の性的経験の年齢にともなう進行状況を明らかにする。また、第1回、第2回の調査結果と比較することによって、その時間的変化を明らかにする。
(2)性的経験の進行状況の個人差をもたらすと考えられる諸要因のうちで、とくに社会的要因、たとえば家庭環境、学校への適応状況、住居、アルバイト、友人関係など、あるいは性教育の影響を明らかにする。
(3)これまで分析が手薄であった、性の心理的側面、たとえば、性に関する規範意識、性的知識、性についてのイメージなど、の特徴を明らかにする。また、それらと社会的諸要因、性教育との関係を明らかにする。
現在、同じような目的をもって実施されている調査の数は、決して少ないとはいえないだろう。それらの調査と比較したとき、3回の「青少年性行動調査」は、次のような特色を持っている。
(1)全国規模の調査であり、わが国の青少年の偏りのない性行動の実態を明らかにできる。類似の調査の多くは、ごくかぎられた地域や学校を対象にしている。得られた結果が他の地域や学校にも共通しているのか、あるいは独自のものであるのか。「青少年の性行動調査」は、このような疑問に対して、比較のための共通基盤を提供することになろう。
(2)中学1年生から大学4年生まで、幅広い年齢層を対象としており、性的経験の年齢にともなう進行状況を把握することが可能である。なお、前2回の調査では、高校生と大学生のみを調査対象としていた。しかし、「性の低年齢化」が叫ばれるなかで、中学生を調査対象に含めることの必要性が、前回の報告書でも指摘されていた。今回、それが可能となったわけである。
(3)一定間隔をおいた継続調査であることが意図されており、各調査には、同一ないし類似の質問が多数含まれている。したがって、行動や心理の時間的な変化を知ることができる。
1-2 調査の方法
今回の調査は、全部で35問から構成されており、それぞれがさらにいくつかの質問に分かれている。
このうち、問1から問13までは、性的な経験や意識を説明するために重要と考えられる要因、たとえば、年齢、学校、居住地、家庭環境、住居、アルバイト、友人関係など、に関する質問である。問14以降は、種々の性的経験をたずねる質問と、性に関する知識やイメージ、婚前性交・結婚・マスターベーションについての意識、性に関して知りたいことなど、性心理・意識をたずねる質問で構成されている。
調査内容の決定にあたっては、前回との継続性を重視したことはもちろんであるが、あまりに細かいことがらについての質問はやめて、経験の大筋を押さえることを主眼とした。代わりに、従来の調査では重点がおかれていなかった、性心理や性意識に関する内容を充実することに努力した。
調査項目(質問)の全体の構成は、以下のとおりである。
1-3 調査の方法
調査はこれまでと同じく、学級を単位とする集合調査法で実施された。
まず、地域性を考慮しながら、全国の9地点を調査地域として設定した。9地点の内訳は、人口が100万人を超える大都市3地点(札幌市、東京都、京都市)、中都市3地点(秋田市、松江市、熊本市)、町村3地点(岩手県、富山県、高知県、それぞれの一町村部)である。前回(第2回)までの調査地域は、大都市と中都市に限定されていたが、偏りのない青少年の性行動の実態を明らかにするためには、町村部を除外することは望ましくないということはいうまでもないので、今回の調査から新たに加えられた。これらの9地点から、学生・生徒数、学校種別、学校規模を考慮しながら全体で141校を選び、最後に、各学校からいくつかの学級(場合によっては全学級)を調査対象集団として選び出した。
こうして選び出された調査対象集団の全員に対して、集合調査を実施した。すなわち、監督者が学級におもむいて簡単な説明を行った後、質問票に回答を記入してもらい回収した。調査所要時間は約30分前後であった。監督者は、生徒たちとは面識のないものであることを(具体的には、横浜国立大学教養学部の大学院生・学生または協会職員)を原則としたが、人数に限りがあるため、東京都、京都市、秋田市の一部または大半を、その地域の協力者(当該調査校以外の学校の教員、教育関係者)に依頼した。また、短大、大学については、すべて教員に依頼して実施した。
調査は昭和62年11月1日から翌年1月31日の間に実施された。回収された調査票は膨大な数に上るため、その中から、全国の学生・生徒数の分布を考慮しながら、地点・学校種別・学年・性別に一定数を割り当てる形で無作為抽出を行い、8681票(男子4317票、女子4364票)を選び出して、分析の対象とした。表1には、地域別・学校種別による割当数が示されている。また、表2、表3には、学校種別ごとの年齢と性別の分布が示されている。
以上の説明からも明らかなように、調査対象者の抽出方法は、理想的方法にはほど遠いものである。したがって、調査の精度も必ずしも高くはない。しかし、大量のデータであることと、地域性、人口規模等を考慮しながら地点が決定されていることにより、現在の青少年の性行動や性意識の実態を把握する手掛りは十分に与えてくれると考えられる。むしろ、このような条件の下にあっては、分析、また結果を読む上に際して、細かい数字の差異にはこだわらずに、しかし大筋ははずさないという態度を忘れてはならない。
また、対象が中学生・高校生・大学生(含短大生)に限定されているので、同年齢であっても、有職青年、専修学校生、予備校生等は含まれていない。この点についても考慮する必要がある。
最後に、「調査」というデータ収集の方法について一言述べて、この種の調査につきまといがちな、過剰な期待や誤解に応えておくことにする。
第1に、調査という方法はあくまでも間接的なものである。たとえば両親や教師は、日常的かつ直接的に青少年の性的な行動を観察しつづけているわけであり、それに優るデータはない。しかし、その観察は自己の周囲に限定され、観察者自身の価値観。相手との人間関係等によって、多少とも歪んだものになってしまう可能性がないとはいえない。広い地域にわたって、体系的な方法で集められた調査データは、両親や教師に観察結果が、その個人や学校独自のものであるのか、もっと一般的に認められる現象であるのか、比較して正当に位置づける基準を与えてくれるだろう。
第2に、調査の結果は、上に述べた両親や教師の観察はもちろん、他のデータと組み合わせて、総合的にとらえる必要がある。たとえば、女子の体格と月経の開始年齢との関係が問題になることがある。このような問題については、身長や体重についての不正確な記憶を調査して検討するよりも、学校の身体測定等の記録を利用することができれば、ずっと正確な結論が得られるだろう。また、少数の事例について深く観察したジャーナリストの報告等々、組み合わせるべきデータは数多い。
第3に、地域や学校を単位とした小規模調査との組み合わせは、とくに重要である。今回のような全国的規模の調査では、一部の地域や学校に固有の問題をとりあげて検討することは困難である。また、集合調査という方法を採用して、回答者に誤りなく回答してもらうためには、どうしても調査は簡単なものにならざるをえない。小規模の調査であれば、固有の問題をとりあげたり、調査員が直接回答者に面接して、複雑な質問を行なうことも可能になる。いわば国勢調査にあたるような全国調査と、このような小規模調査を組み合わせて進むことが、今求められている道であるといえよう。
図1から図7(ただし、図3を除く)に示したのは、種々の性的経験の12歳から22歳までの年齢別経験率である。ただし、調査対象が中学生から大学生までであるので、同一の年齢であっても、小学生、予備校生、専修学校生、すでに就業している者などの経験状況がデータとして含まれていないので、青少年全体を問題にする場合には、そのことを見込んだ推定を行う必要がある。また、23歳以上の者については、22歳にまとめて経験率を計算した。
進行状況を把握するために、経験率が50%を超えて半数以上の者が経験しているという年齢をみると、ほとんどすべての事項が12歳から22歳の間に含まれており、性的経験の急速に進行する時期であることが、あらためて確認される。
(1)射精・月経・男子のマスターベーション (図1)
性の生理的発達の指標といえる男子の射精、女子の月経については、早い時期から経験率がきわめて高く、射精では16〜17歳、月経では14〜15歳までに大半の者が経験している。また、他の図に示した心理的側面や行動的側面に比較しても、進行の速度は速く、これらの進行を基礎づけていることがわかる。
男子のマスターベーションも、射精とほとんど同じ進行状況を示している(女子については、後に検討する)。
(2)異性への接近・デート (図2)
異性と親しくなりたいと思った経験は、男子では14歳、女子では12歳頃までに、半数の者が経験している。しかし、デートの経験が半数を超えるのは、それから4、5年後であり、異性に対する感情と実際の行動の間には、かなりのズレがあることがわかる。
男女を比較してみると、異性と親しくなりたいと思う感情は高校、デートは大学位で大半の者が経験するけれども、それ以前は女子の経験率がやや高く、先行する形になっているのが特徴的であり、前回の調査(第2回調査)でも指摘された点である。
ところで、これらの経験や次の性的関心などと関連をもっているのが、異性との友人関係(恋人関係)である。図3は、仲のよい異性の友人および恋人を持っている者の比率を、年齢別にみたものである。他の経験とほぼ並行する形で、比率が上昇していくのがわかる。ただし、友人関係の場合には、14〜15歳まではむしろ下降し、その後で上昇に転じる。これは、性的関心のたかまりとともに、幼い頃からの単なる友人としての異性の友人が減少し、もっと性的な意味合いの濃い形での異性の友人が増加するという、異性というものの意味の変化を示していよう。
(3)性的関心・性的興奮 (図4)
性的関心をもつ経験もかなり早く、すでに13〜14歳で男女とも50%を超えている。これに対して、性的興奮の方は、男子ではほぼ性的関心と並行しているのに対して、女子の経験率が50%を超えるのは19〜20歳の時点である。これは、性的興奮の契機が男女で異なっているからであろう。経験率の変化からみると、男子の場合はマスターベーションと、女子の場合はキス経験とカーブが類似している。
(4)異性との身体的接触 (図5)
性的な意味あいで異性の身体に触りたいと思った経験も、男女差が大きい。男子では14〜15歳で50%を越えているのに対して、女子の経験率が50%を超えるのは、20〜21歳の時点である。実際に異性の身体に触ったという経験についても、触りたいと思った経験ほどではないが男女差があり、いずれも男子が先行する形になっている。これらは、性的場面における男女の能動性や役割期待の差を反映していよう。
(5)キス (図6)
性的な意味あいでキスしたいと思った経験は、男女とも12歳ですでに20%以上の者がもっている。ところが、男子は15〜16歳で50%を超え、20%をすぎると大半の者が経験しているのに対して、女子の上昇のカーブはずっとゆるい。
しかし、実際のキス経験率の変化は、男女できわめて近似している。この特徴は、前回の調査(第2回調査)でも認められたので、キスの相手として、まったくの同年齢ではないとしても、ごく近い年齢の者が選ばれることが多いからだと考えられる。この傾向は、デート、ペッティング、性交など、男女が対(カップル)になって行なう性行動に共通に現れている。
(6)ペッティング・性交 (図7)
上で指摘したように、ペッティングと性交も、キスほどではないが、男女の経験率の変化が近似している。また、キスが比較的ゆるやかな上昇カーブを描くのに対して、20歳位から急速に上昇して50%を超えるのが特徴である。
(7)同性愛志向・女子のマスターベーション (図8)
これまでとりあげた性的経験は、時期の早い遅いはあっても、大半のものが経験するようになると考えられるものであり、年齢別経験率もほぼ累積的な上昇を示していた。ところが、必ずしもそうとはならないと考えられる経験がある。それは、同性愛志向と女子のマスターベーションである。図8には、同性に性的魅力を感じた経験と女子のマスターベーションについて、年齢別経験が示してある。性的魅力を感じた経験では、年齢による変化がほとんどない。また、マスターベーションのほうは、21歳以降で急速に上昇しているけれども、それまでのカーブは、極めてゆるやかである。
以上、年齢別経験率にみられる特徴について述べた。これらのうちで、射精、月経、男子のマスターベーション、性的関心など、生理的側面と、心理・行動のうちで最も基礎的といえるものについては、12〜13歳時にすでにかなりの経験率があるが、14〜16歳位の間(中学時代)に急速に上昇して、大半の者が経験するようになる。これに対して、心理的側面のうちでも、異性と親しくなりたい、異性に触りたい、キスしたい等、多少とも具体性をもった経験は、12〜13歳にすでにかなりの経験率がある点は共通であるが、その後の上昇のカーブはゆるやかである。デート、異性との身体接触、キス、ペッティング、性交という、特定の相手を必要とする行動経験は、12〜13歳時では経験率はゼロに近い。その後の上昇のカーブは、ペッティング、性交が20歳以降で急上昇する点をのぞけば、比較的ゆるやかである。
なお、表4は、経験相互の関係を知るために、経験率がほぼ50%を超える年齢を示したものである。前回(第2回)の調査の分析の結果、個人の性的経験がほぼ一様な順序で進行することが明らかにされたが、その順序とも一致しており、この表は、平均的な青少年の性的経験の順序と年齢を示しているといえよう。